「売るのは寂しいから、とりあえず貸そうか」——相続した実家で、誰もが一度は考える選択肢です。
先に、この判断で最も見落とされている事実をお伝えします。
一度でも賃貸に出すと、空き家の3,000万円特別控除は永久に使えなくなります。 家賃を取らずに親族を住まわせた場合も同じです。解約して空き家に戻しても、復活しません。
「とりあえず貸す」は、とりあえずではありません。最大約600万円の税控除を、その場で確定的に手放す決断です。この記事では、貸して得るものと失うものを同じ土俵に載せて比較します。
「貸す」で失うもの
① 3,000万円特別控除(最大約600万円)
売却時の譲渡所得から3,000万円を控除できる特例の要件は「相続から売却まで、事業・貸付け・居住に使っていないこと」。賃貸に出した時点でこの要件を満たせなくなります(全12項目の要件はチェックガイドに)。
例えば売却で2,000万円の譲渡益が出るケースなら、控除の有無で税額は約406万円変わります(長期譲渡20.315%)。この金額を、家賃収入は何年で取り返せるでしょうか——これが比較の出発点です。
② 「返してもらう自由」(普通借家の場合)
通常の賃貸借(普通借家)では、契約期間が満了しても貸主の都合だけでは退去してもらえません(正当事由が必要)。「数年貸して、その後売る」つもりが、売りたいときに売れない物件になるのは典型的な失敗です。
貸すなら定期借家契約(期間満了で確定的に終了する契約。書面と事前説明が必須)が原則です。
③ 初期費用と手間
築古の実家をそのまま貸せるケースは多くありません。最低限の原状回復で100万〜300万円程度とされます(民間相場・物件による)。さらに入居者対応・修繕・確定申告という「小さな事業」の運営が始まります。
「貸す」で得るもの——計算式で見る
家賃収入は額面ではなく、手取りで見ます。
年間の手取り = 家賃 × 12ヶ月 × 稼働率
−(固定資産税 + 火災保険 + 管理費 + 修繕の積み立て)
回収年数 = 初期リフォーム費 ÷ 年間の手取り
目安として、回収に10年以上かかる計算になるなら、賃貸化の経済合理性は乏しいと考えてください(実務上の目安です)。加えて、上の「失った控除」を取り返すのに何年かかるかも足し合わせる必要があります。
なお、賃貸に出しても土地の住宅用地特例(固定資産税の減額)は維持されます。人が住む家の敷地であることに変わりはないためです。ここは賃貸の数少ない税務上の利点です(特例の仕組みは固定資産税の検証記事に)。
貸すのが合理的な3つの条件
貸す判断が成立するのは、おおむね次がすべてそろったときです。
- 賃貸需要のある立地(駅・学校・病院や工場への通勤圏。空き家バンク頼みは、全国の成約実績が細く期待値が低い)
- 控除がもともと使えない物件(1981年6月以降の新耐震、分譲マンション、すでに賃貸履歴あり——この場合「控除を失う」コストがゼロなので、貸す選択の重石が外れます)
- 数年後に自分や家族が使う具体的な予定がある(売りたくない理由が明確)
逆に、旧耐震の戸建てで控除が使える状態の実家を貸すのは、最も割に合わない組み合わせです。控除を捨てながら、築古物件の修繕リスクを引き受けることになります。
貸すと決めたら——費用を抑える2つの型
- 定期借家契約:期間を区切って確定的に終了。将来の売却・利用の自由を残す。事前の書面説明を怠ると普通借家扱いになるので、契約実務は宅建業者を介すのが安全です
- DIY型賃貸借:借主が自分の費用で改修する代わりに家賃を抑える契約形態。国土交通省が契約書式例とガイドを公開しており、初期リフォーム費をかけずに貸し始める現実解です
結論——順番は「売却額を知ってから」
売るか貸すかは、感情の問題である前に金額の問題です。そして金額は、①いくらで売れるか、②控除が使えるか、③貸した場合の手取り——の3つが分からないと比較できません。
①と②を先に確認してください。「貸す」は後からでも選べますが、「控除つきで売る」は貸した瞬間に選べなくなります。 不可逆な方を先に検討するのが、順番の鉄則です。
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よくある質問
Q. 実家を貸すと3,000万円控除は本当に使えなくなりますか? 使えなくなります。要件は「相続の時から譲渡の時まで事業・貸付け・居住の用に供されていないこと」で、一度でも該当すると、その後空き家に戻しても要件は回復しません。無償で親族を住まわせた場合も含まれます(この失敗の実例はやってはいけない実家の相続の④に)。
Q. 空き家のまま置いておくのと、貸すのはどちらが税金で有利ですか? 土地の固定資産税はどちらも住宅用地特例が維持されます。大きな差は売却時で、空き家のままなら3,000万円控除の資格を保てますが、貸すと失います。
Q. 数年だけ貸して、その後売ることはできますか? 物理的には可能ですが、2つの問題があります。①控除は失われたまま ②普通借家では退去交渉が難航し得ます。この形を取るなら必ず定期借家契約で、失う控除額を承知の上で。